はじめに|つま先立ちができなかった日から
20歳の頃、
「つま先立ちができない」ことに気づきました。
それまで普通に運動もしてきましたし、
日常生活で大きな不自由を感じたこともありませんでした。
走る、跳ぶ、ボールを蹴る。
バレーボールのサーブや、サッカーボールのキック。
「思いっきり動けない」という違和感はありましたが、
当時は運動不足のせいだと思っていました。
転機は、熱中症で受診した診療所での採血でした。
CK(クレアチンキナーゼ)が2万を超えていると告げられ、
その後、遺伝子検査を経て
三好型ミオパチーと診断が確定したのは30歳のときでした。
現在、私は42歳です。
年齢とともに変わっていった日常生活
三好型ミオパチーは、
ゆっくりと、でも確実に進行していく病気です。
ここでは、私自身の体感として
「できなくなっていったこと」を正直に書きます。
階段
- 20歳頃:問題なし
- 25歳頃:手すりを使い始める
- 30歳頃:手すりがあっても高い段差は登れない
- 35歳頃:昇り降りはほぼ不能
今は、低い一段程度、手すりを使って、ゆっくりでなければ無理です。
長時間立つ
- 30歳までは問題なし
- それ以降、杖などの支えが必要に
- 40歳を過ぎてからは、杖でも短時間が限界、しっかりしたものに掴まっていればしばらく大丈夫
立ち上がり
- 下肢の筋力低下のみの時期は腕の力を使いしっかり立ち上がることが出来た
- 40歳頃から上肢の筋力も低下
- 椅子からは手すりがあれば何とか立ち上がれる
- 肘をつっぱるように伸ばすのがポイント
- 床からの立ち上がりは完全に不可
つま先立ち
20歳頃には完全にできなくなりました。
一番早く自覚した変化です。
外出
- 杖歩行時:短距離短時間のみ
- 立ち上がりが困難になってからは「座ること」自体が怖い
- 洋式トイレでも不安。多目的トイレが必須。
車いすを使うようになってからは
一人での外出は難しくなりましたが、
逆に行動範囲は広がりました。
今では、
障害者用駐車場・スロープ・多目的トイレの事前確認は必須です。
転倒への不安
今は常にあります。
特に雨や雪の日は外出できません。
屋内でも、立ち上がってすぐはふらつきます。
急に振り返る、急に止まる。
それだけで転びそうになります。
生活の中で「楽になった工夫」
すべてが解決するわけではありません。
それでも、「少し楽になる」工夫は確かにあります。
- 1mの長い靴ベラ
→ かがまずに靴が履ける - ゴム部分が交換できる杖
→ 削れやすいので長持ちする - 手すりの設置場所を事前に考える
→ 病気の進行で必要な場所は変わる
→ 握ったときに滑らない材質が大切 - 動線の整理整頓
→ 椅子・トイレ・ベッド周りに物を置かない - 夜間対策
→ 寝不足・飲酒後は特にふらつく(お酒好き)
→ 夜中のトイレが不安になったら、早めに尿瓶を設置 - 起床後すぐ立たない
→ 軽いストレッチやマッサージ
→ 足首や股関節をゆっくり動かす
一番つらかったのは「心」
できていたことが、
少しずつ、確実にできなくなっていく。
その現実以上に、
できない自分を認めることがつらかったです。
- できない姿を見られるのが恥ずかしい
- 情けない気持ちになる
- 哀れな目で見られている気がする
それを隠すために、
笑って、おどけて、平気なふりをする。
でも、
体だけが先に「障害者」になり、
心が追いついていない間は、
情けなさと恥ずかしさに押しつぶされそうになります。
ある時、気づきました。
自分が堂々としていれば、
周りもそれに慣れていく。
それが当たり前になったとき、
心は少しずつ保てるようになりました。
周囲の人に伝えたいこと
心が限界のとき、
「情けない」「気合が足りない」「そんな人と思ってなかった」
そんな言葉はもちろんですが、ちょっとした表情の変化にも
敏感になります。
一方で、
一番救われたのは、この一言でした。
「何か手伝えることある?」
用事の終わりに「あと、何か手伝えることある?」
近くを通ったついでに「今、何か手伝えることある?」
それだけで、素直に甘えることが出来ます。
「申し訳ない」というネガティブな気持ちが和らぎ、
「ありがとう」という温かい気持ちになります。
同じ状況の人へ
最後に、
今、同じ病気や似た状況にいる人へ。
「ごめん」を「ありがとう」に替えよう。
助けてもらうことは、
迷惑ではありません。
感謝の言葉は、
自分の心も、相手の心も、
少し軽く、そして温かくしてくれるでしょう。

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